菊池寛の紹介で、犬養家の書庫整理を任された石井桃子は、１９３３年（昭和８年）のクリスマス・イブに犬養毅の孫・康彦に贈られた 洋書『THE HOUSE AT POOH CORNER』を子どもたちのために読むことになりました。これが、石井桃子とクマのプーさんとの出会いでした。のめり込むように夢中で読み、物語のあたたかさに包まれた石井桃子は、作品の翻訳を試み、やがて、『熊のプーさん』（岩波書店）を１９４０年（昭和１５年）に、『プー横丁にたった家』（岩波書店）を１９４２年（昭和１７年）に出版しました。

『熊のプーさん』 A.A.ミルン／作　E.H.シェパード／絵　石井桃子／訳 岩波書店 1940年	『プー横丁にたった家』 A.A.ミルン／作　E.H.シェパード／絵　石井桃子／訳 岩波書店 1942年

　石井桃子は１９３８年（昭和１３年）、故犬養毅の書庫に児童図書室を開きます。白林少年館とは、犬養毅の山荘「白林荘」にちなんで名付けたものでした。この頃、石井桃子は小さい農場と子どもの図書室を作りたいと考えており、その一つを実現したものでした。続けて、図書室の運営を担う友人二人と出版部を立ち上げ、１９４０年（昭和１５年）１１月に『たのしい川邊』を、１９４１年（昭和１６年）１月に『ドリトル先生「アフリカ行き」』を出版しました。

『たのしい川邊』 ケネス・グレアム／作　中野好夫／訳 白林少年館 1940年	『ドリトル先生「アフリカ行き」』 ヒュー・ロフティング／作　井伏鱒二／訳 白林少年館 1941年

　１９４５年（昭和２０年）、石井桃子は宮城県鶯沢で農業生活を始めます。そして１９４７年（昭和２２年）に出版された『ノンちゃん雲に乗る』（大地書房）が、１９５１年に芸術選奨文部大臣賞を受賞し、光文社から出版されると、ベストセラーになり、その印税をもとに酪農を始めます。やがて鶯沢酪農組合が設立され、ノンちゃん牛乳と呼ばれて販売されました。そして、 農村での暮らしを背景に物語が生まれました。『やまのこどもたち』（岩波書店）を１９５６年（昭和３１年）に、『やまのたけちゃん』（岩波書店）を１９５９年（昭和３４年）に出版。また、山で飼い始めた猫を主人公にした『山のトムさん』（光文社）は、１９５７年（昭和３２年）に出版され、版を変えながら読み継がれ、２０１５年（平成２７年）にはドラマ化されました。

『ノンちゃん雲に乗る』 石井桃子／著　桂ユキ子／画 大地書房 1947年	『やまのこどもたち』 石井桃子／文　深沢紅子／絵 岩波書店 1956年

『やまのたけちゃん』 石井桃子／文　深沢紅子／絵 岩波書店 1959年	『山のトムさん』 石井桃子／作　深沢紅子／画 光文社 1957年

　１９５０年（昭和２５年）５月、石井桃子は「岩波少年文庫」の編集企画を任されます。 「世界の児童文学の古典を正しく伝えて、現代各国の児童文学の新鮮な傑作を紹介して、在来の日本の翻訳児童書にあったずさんさを改めて、正確で美しい日本語の決定訳を作ること」^[1]が編集に際しての原則だったといいます。
同年１２月２５日に創刊されたのは次の５作品。

１『小さい牛追い』（石井桃子訳）、２『あしながおじさん』（遠藤寿子訳）、３『クリスマス・キャロル』（村山英太郎訳）、４『宝島』（佐々木直次郎訳）、５『ふたりのロッテ』（高橋健二訳）

^[1]『ひみつの王国　評伝石井桃子』（尾崎真理子著 新潮社 2014年） p.344

『小さい牛追い』 マリー・ハムズン／作 石井桃子／訳 岩波書店 1950年	『あしながおじさん』 ジーン・ウェブスター／作 遠藤寿子／訳 岩波書店 1950年

『クリスマス・キャロル』 ディケンズ／作 村山英太郎／訳 岩波書店 1950年	『宝島』 スティーヴンソン／作 佐々木直次郎／訳 岩波書店 1950年	『ふたりのロッテ』 エーリヒ・ケストナー／作 高橋健二／訳 岩波書店 1950年

　１９５３年（昭和２８年）、岩波書店は新たな子どもの本のシリーズとして、絵本の出版を企画し、石井桃子が編集を任されます。

①「絵本は消耗品だから、できるだけ安く買いよいものにする」
②「規格、ページ数などはできるだけそろえる」
③「右開きで縦書き、外国の本でレイアウトを変えなければならないものは編集しなおす」^[2]等を編集方針に、同年１２月に第１回配本として、６冊を刊行しました。

第１回配本
『ちびくろ・さんぼ』 Ｈ・バンナーマン/文、Ｆ・ドビアス/絵、光吉夏弥/訳、岡部冬彦/絵
『ふしぎなたいこ』 石井桃子/再話、清水崑/絵
『ねずみとおうさま』 コロマ神父/文、石井桃子訳、土方重巳/絵
『みんなの世界』 Ｍ・リーフ/作、光吉夏弥/訳
『スザンナのお人形／ビロードうさぎ』 Ｍ・ビアンコ/文、石井桃子/訳、高野三三男/絵
『山のクリスマス』 Ｌ・ベーメルマンス/作、光吉夏弥/訳編

^[2]『ひみつの王国　評伝石井桃子』（尾崎真理子著 新潮社 2014年） p.367

『ちびくろ・さんぼ』 ヘレン・バンナーマン／ぶん　フランク・ドビアス／え　光吉夏弥／やく　岡部冬彦／え 岩波書店 1953年 ※初版は絶版しています。	『ふしぎなたいこ』 石井桃子／ぶん　清水崑／え 岩波書店 1953年	『ねずみとおうさま』 コロマ神父／ぶん　石井桃子／やく　土方重巳／え 岩波書店 1953年

『みんなの世界』 マンロー・リーフ／ぶん・え　光吉夏弥／訳 岩波書店 1953年	『スザンナのお人形／ビロードうさぎ』 マージェリー・ビアンコ/ぶん　石井桃子/やく　高野三三男/え 岩波書店 1953年	『山のクリスマス』 ルドウィヒ・ベーメルマンス／ぶん・え　光吉夏弥／訳編 岩波書店 1953年

　１９５４年（昭和２９年）から一年間、石井桃子はロックフェラー財団の研究員として海外留学する機会を得たことで、アメリカ、カナダ、ヨーロッパの児童図書館や子どもの本の現状を知りました。１９５５年（昭和３０年）の帰国後に、日本の子どもの本を再評価するため、石井桃子、鈴木晋一、瀬田貞二、松居直、いぬいとみこの５人で「ＩＳＵＭＩ会」を結成しました（後に渡辺茂男が参加）。子どもの本はどうあるべきか意見を交わした成果が、１９６０年（昭和３５年）刊行の『子どもと文学』、１９６４年（昭和３９年）刊行の『児童文学論』の翻訳へと繋がっていきました。

『子どもと文学』 石井桃子／[ほか]著 中央公論社 1960年	『児童文学論』 リリアン H.スミス／著　石井桃子／訳　瀬田貞二／訳　渡辺茂男／訳 岩波書店 1964年

　海外留学から帰国した石井桃子は、「子どもが心から楽しんで読む本を出版したい」、「子どもの図書館を開きたい」という長年の思いを行動に移しました。一つは１９５６年（昭和３１年）から始まる、鶯沢村の小学校５年生に対する週に一度の読み聞かせ活動で、もう一つは１９５８年（昭和３３年）に、荻窪の自宅に開設した家庭文庫「かつら文庫」でした。 １９５７年（昭和３２年）には、すでに家庭文庫活動をしていた村岡花子や、土屋滋子らと家庭文庫研究会を結成しました。福音館書店に働きかけて研究会が翻訳作業を担い、海外の絵本を刊行していきました。１９６１年（昭和３６年）に『シナの五にんきょうだい』『１００まんびきのねこ』『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』『アンディとらいおん』、１９６２年（昭和３７年）に『おやすみなさいのほん』、１９６４年（昭和３９年）に『ごきげんならいおん』が刊行されました。 また、１９６５年（昭和４０年）に「かつら文庫」での７年間の活動記録をまとめた『子どもの図書館』を刊行すると、大きな反響が寄せられ、日本各地で家庭文庫活動が活発になっていきました。 その後、「かつら文庫」での家庭文庫活動は、１９７４年（昭和４９年）に設立された公益財団法人「東京子ども図書館」へと引き継がれていきました。

『シナの五にんきょうだい(世界傑作絵本シリーズ)』 クレール・H・ビショップ／ぶん　クルト・ビーゼ／え　いしいももこ／やく 福音館書店 1961年 ※初版は絶版しています。	『100まんびきのねこ(世界傑作絵本シリーズ)』 ワンダ・ガアグ／ぶん・え　いしいももこ／やく 福音館書店 1961年	『いたずらきかんしゃちゅうちゅう(世界傑作絵本シリーズ)』 バージニア・リー・バートン／ぶん・え　むらおかはなこ／やく 福音館書店 1961年

『アンディとらいおん(世界傑作絵本シリーズ)』 ジェームズ・ドーハーティ／ぶん・え　むらおかはなこ／やく 福音館書店 1961年	『おやすみなさいのほん(世界傑作絵本シリーズ)』 マーガレット・ワイズ・ブラウン／ぶん　ジャン・シャロー／え　いしいももこ／やく 福音館書店 1962年	『ごきげんならいおん(世界傑作絵本シリーズ)』 ルイーズ・ファティオ／ぶん　ロジャー・デュボアザン／え　むらおかはなこ／やく 福音館書店 1964年	『子どもの図書館』 石井桃子／著 岩波書店 1965年